風の谷のナウシカ
全然訪れずに済みません。
少々疲れ気味でした。
まあ、そんなことは兎も角、久々にマンガを読みました。
ネットサーフィンをしていて、ナウシカの話を読んだのがきっかけです。
ナウシカ、そういえば最後までは読んでませんでした。
友人が持っていたので、途中までは読んでいたのですが。
それでAmasonで全7巻を古書で入手しまして、昨日一気読みしました。
これは確かに良いですね。
干されていた宮崎駿氏が、アニメージュの好意で連載したもので、宮崎氏はアニメで出来ないものにしようと思ったとか。
実際アニメにはしにくいでしょうね。
特に結末は。
宮崎アニメの中では、クラリス、ナウシカ、もののけ姫のキャラクターはほぼ同一といえると思いますが(クラリスは事情があって大人しいキャラ設定がされていますが、幼児期のナウシカが近いキャラに思えます)、それらがマンガ版「風の谷のナウシカ」のストリーの展開の中に見て取れます。
宮崎アニメがゲド戦記にインスパイアーされているのは周知の事実ですが、ナウシカでも、ナウシカを小さき母と呼んで慕う巨神兵が自我に目覚めるのは、ナウシカから名を貰ったときで、ゲド戦記の影響が顕著に見てとれます。
しかし、終盤のナウシカは、クラリスとも、若き日のナウシカとも、もののけ姫とも異なり、ただ純真なわけではなく、口先で他者を利用します。
巨神兵はナウシカを母と慕いますが、ナウシカは巨神兵を利用しているだけです。
そのことに関してナウシカは悩みはしても真実を語りはしません。
読後に考えたのは、ナウシカはどうしたかったのかいうことです。
過去の人間が作り上げた、地球再生プログラムや人類再生プログラムに背を向け、すべてを成行きに任せようとするナウシカ。
結局ナウシカは破壊と(ナウシカが出会った人々への)救いの両面持ちますが、人類全体を救うためのビジョンはなく、ただ今を生きる無力な人々の生命を守ることを優先するだけです。
騒ぎは収っても、何ら未来に対する展望はない。
これは、クラリス、ナウシカ、もののけ姫に共通する設定であり、
結局、宮崎駿氏の運命論に対する反発なのかもしれません。
「清毒併せ持つのが人間」
ナウシカはそう主張し、
「そうでなければ人間でない」
と同調のがヴ王(クシャナの父)。
ナウシカは人の愚かさを含めても人が好きなのでしょう。
そして、人は自由意思に基づき行動すべきだというのでしょう。
既に発動されている地球再生プログラムによって、徐々に蘇る地球では、人類は生きることができないのが明白になっても、ナウシカは人類再生プログラムを破壊し、「後はこの星に任せよう」と言い放つ。
リスクヘッジはしましょうよ。
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